白骨の御文とは?意味や歴史、現代語訳の全文を分かりやすく解説
一般的に、仏教のご葬儀では「般若心経」が読まれますが、浄土真宗では「白骨の御文」が読まれています。しかし、その内容やご葬儀で読まれる理由を知らないといった方も少なくありません。
そこで今回は、白骨の御文がどのようなものなのか、詳しく解説していきます。意味や歴史、現代語訳が知りたいという方は、ぜひ参考にしてください。
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白骨の御文とは?
白骨の御文とは、仏教の浄土真宗と深い関わりのある文章です。まずは、白骨の御文の基礎知識をご紹介します。
浄土真宗の法事・法要で読まれる文章
白骨の御文は、浄土真宗のご葬儀をはじめ、初七日・四十九日・一周忌などの法要で読まれる文章です。浄土真宗とは、鎌倉仏教のうちの一つであり、浄土宗の開祖である法然の弟子・親鸞聖人(しんらんしょうにん)によって開かれました。
親鸞聖人から200年後、浄土真宗を全国に広めた蓮如上人(れんにょしょうにん)が書いたお手紙の一つが「白骨の御文」です。浄土真宗の教義を分かりやすく説かれたのが御文ですが、大谷派では御文、本願寺派では御文章(ごぶんしょう)と呼び方が異なります。
白骨の御文の歴史
白骨の御を作成した蓮如上人は、本願寺7世の存如上人(ぞんにょしょうにん)の長子として生まれました。当時は戦国時代で、本願寺は経済的に厳しい状況にありましたが、生活に苦労しながらも親鸞上人や覚如上人(かくにょしょうにん)などの教学を学びます。本願寺8世を継がれて以降は、精力的に布教活動を行いました。
蓮如上人が75歳のとき、山科本願寺(やましなほんがんじ)の近くに青木民部(あおきみんぶ)という下級武士がおり、17歳の美しい娘・清女(きよめ)の縁談が調います。民部は喜び、先祖伝来の武具を売却して嫁入り道具を揃えましたが、娘が急病で亡くなってしまったのです。
火葬の後、白骨を収めて帰った民部は、悲しみに暮れて51歳で急逝しました。その翌日、民部の妻も37歳で亡くなってしまいます。さらに2日後、山科本願寺の土地を布施した海老名五郎左衛門(えびなごろうざえもん)の17歳の娘もまた、急病で亡くなってしまったのです。
ご葬儀の後、山科本願寺へ参詣した五郎左衛門は、蓮如上人に無常についてのご勧化(ごかんげ)をお願いしました。すでに青木家の悲劇を聞いていた蓮如上人は、その願いを聞き入れ、作成したのが白骨の御文といわれています。
白骨の御文はいつ読む?
前述のとおり、白骨の御文は浄土真宗の法事・法要で読まれる文章です。一般的には、儀式の終盤に読み上げられることが多いです。
白骨の御文の全文を現代語訳で解説!
ここでは、白骨の御文の全文をご紹介します。一文ごとに切り分けて、現代語訳で解説しますので、この機会に理解を深めておきましょう。
それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(すがた)をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終(しっちゅうじゅう)、幻の如くなる一期(いちご)なり。
人の世のはかなきありさまを考えてみますと、この世は常に移り変わり、幻のような一生です。
されば未だ万歳の人身(まんざいのじんしん)を受けたりという事を聞かず。
いまだかつて万年の寿命を得た人は聞いたことがありません。
一生過ぎ易し。
一生はすぐに過ぎてしまいます。
今に至りて、誰か百年の形体(ぎょうたい)を保つべきや。
今まで、誰が百年の命を保つことができたでしょうか。
我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫(もとのしずく)・末の露(すえのつゆ)よりも繁しといえり。
私が先か、他の人が先か、今日なのか、明日なのかも分からず亡くなる方は、滴り落ちる雫や露よりも多いのです。
されば、朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。
朝は若々しく元気な様子であったとしても、夜には白骨となってしまう身なのです。
既に無常の風来たりぬれば、すなわち二の眼(ふたつのまなこ)たちまちに閉じ、一(ひとつ)の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装(とうりのよそおい)を失いぬるときは、六親・眷属(ろくしん・けんぞく)集まりて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。
無情の風が吹けば、二つの目は閉じてしまい、一度息が絶えてしまっては、若々しく元気な顔もむなしく変わり果て、桃やすももの花のような美しい姿を失ってしまいます。そのときは、ご家族や親戚が集まって嘆き悲しんでも、どうすることもできません。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半(よわ)の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。
しかし、いつまでも悲しんではいられず、野外で火葬を行って煙となれば、ただ白骨のみが残るのです。
あわれというも中々おろかなり。
なんと哀れであり、虚しいことでしょう。
されば、人間のはかなき事は老少不定(ろうしょうふじょう)のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。
ですから、人間のはかなさは老人も若者も関係なく、誰もが早く後世のことを考えて、阿弥陀仏を深くたよりにし、念仏を唱えるべきです。
あなかしこ あなかしこ。
恐れ多いことであり、もったいないことです。
簡潔にまとめると、人の世のはかなさを訴え、後生の一大事とその解決の道を説かれているのが白骨の御文です。
浄土真宗のご葬儀の特徴
浄土真宗のご葬儀は、仏教では一般的な般若心経を読まず、白骨の御文を読み上げるのが特徴です。加えて、「ご冥福」という表現を使わない、抹香を押しいただかないなど、他の宗派とはマナーや作法が異なる部分が多いため、参列する際には注意が必要です。
まとめ
白骨の御文は、浄土真宗を全国に広めた蓮如上人が書いたお手紙です。親鸞聖人の教えを分かりやすく説かれたものであり、現代でも浄土真宗の法事・法要で読まれています。
日本にある仏教宗派のうち、最も信者数の割合が多いとされているのが浄土真宗です。そのため、他の宗教・宗派を信仰している方も、白骨の御文について理解を深めておいて損はないでしょう。
間違えのない葬儀社の選び方や注意点をはじめ、さまざまな葬儀の知識・マナーを分かりやすくお伝えします。